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『しんきろう』

久しぶりの更新です。

今日は加藤治郎さんの第八歌集『しんきろう』の紹介です。

http://www.sunagoya.com/shop/products/detail.php?product_id=738

考えてみたら本棚には第1歌集の『サニー・サイド・アップ』から揃っています。
マニア?

で、今回の歌集は一見、読みやすかったです(マニアだし・・・)
しかし一首一首で立ち止まってみると、手ごわいです。

今日は少しご紹介。

 病葉(わくらば)の文を書かばや春の夜のあたりいちめん雨つぶの部屋
 
 濃き声とうすき声する茶房にて器をみたす七音を待つ

 やわらかな椅子を重ねているばかり海の見えないゆうぐれの部屋

 だれどこのだれどこのだれ俺の指紋は認証されず

 顔のある群衆の中やわらかな影をあつめて偶像は立つ

 ほぼ完璧にきみを愛したまっしろなタオルの上の安全剃刀

               (加藤治郎『しんきろう』より引用)

付箋を貼った歌から少し。

二首目、わたしはすっと碗琴を思い出してしまい、七音は音階だと思ったのですが、
器を短歌形式と読むのが普通かな。
そうすると、茶房の自分には意味をもたないおしゃべりや情報のなか
器をみたすに足る七音をじっと待っている、となりますね。
「濃き声とうすき声」がうまいです。茶房がリアルに想像できます。

五首目。この歌はちょっと不思議なんです。偶像が立つあたり、不思議。
やわらかな影なんでしょう。それがあつまるとすっと立ってしまう。
でもそんな不気味なものを作るのは顔のある人間なんです。

もっと書きたいこともあるけれど、ざーっとみました。
今日はこのへんで。








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いちがつにっき

タイトルを見て勘のいい方は「こいつ今月はもう更新しないんだな!」とお気づきでしょうか。

今年もスローです。あけましておめでとうございます。

早いものでもう冬休みも終わってしまいました。いや長かったかな、クリスマス前からだったから。

わたしも家族も無事に新年を迎え、おまけに年女になってしまいました。

前回の年女イヤー(なんか意味がかぶっている・・・)には結婚をしました。

今年は大きな行事は予定していないのですが(厄年だし)、何か特別な(いい)ことが起こりそうな予感。

直近のおしらせとしては明日の毎日新聞に「おくすり短歌」が載ります。66回目。もうすぐ古希(?)です。

それから伊藤一彦先生の南の会で出されている『梁』で柳原白蓮論を連載することになりました。

昨日はゲラをチェックしながら論文力をあげなきゃなあと(それにはたくさんの詩歌論を読めばいいのですが)反省。がんばります。

みなさま、今年もよろしくおねがいします。



「些細なうた」

先週の土曜日の夜、NHK-FMで笹井宏之さんの作品や人生を「原作」にして作られたラジオドラマ「些細なうた」が放送されました。

簡単に説明すると、主人公がセクハラやなんかで引きこもりになってしまって、「絶望」「絶望」とネット検索するんです。そうしたら笹音(もともと笹井くんのハンドルネームだった)の短歌に行きつきます。「ぜつぼうごっこ?」と。

  しあきたし、ぜつぼうごっこはやめにしておとといからの食器を洗う 笹井宏之
  本当は誰かにきいてほしかった悲鳴をハンカチにつつみこむ      同

笹井作品はたくさん引用されていました。いわゆる有名な歌も、ちょっと地味だけど味のある歌もたくさん採られていました。かなり歌集を読みこんで制作されたのでしょうね。「意味いらんかねえ」のおばあちゃんまでSEで登場していました。あの声優さんが一番うまかったような気がする。

  野菜売るおばさんが「意味いらんかねぇ、いらんよねぇ」と畑へ帰る 笹井宏之


短歌を朗読するのって、その人がその歌をどのように解釈したかっていうことも伝わってしまうと思うのです。そういう意味ではドラマに短歌を入れるのって大変だろうと思います。

ただ、今回すごいなと思ったのは、主人公のどんな側面にも笹井くんの短歌は寄り添っていけるんですよ。

声優さんの声の関係でちょっとかっこよく響いてしまった笹井作品ですが、ラジオを聴いた人にも是非自分のペースで作品に出会ってほしいと思います。笹井宏之歌集『ひとさらい』『てんとろり』(書肆侃侃房)絶賛発売中です!

余談ですが、ドラマを聴いたとき方言には違和感なかったのですよ。翌日録音を夫(佐賀出身)に聴かせると、「いや、ちょっと違うね」というのです。あっ、つまり博多弁に近かったのかな?

全国放送だからばりばりの佐賀弁は出せなかったのかなあ。ばりばりでいいんだけどなあ。ばりばりで。

 すばらしい、の大安売りがやっていて今日はとりわけすばらしいのだ  笹井宏之

加藤治郎 in ブックオカ

福岡の11月といえば、ブックオカ!

今年は加藤治郎さんが講演されます。

こんな日が来ようとは。

笹井くんに報告しようと思ったら笹井くんがテーマの話でした。

お父さんの碗琴も聴けるそうでスペシャルナイトになりそうです。

あとは、家族の理解・・・土曜日の夜だからなあ、出られそうな、出られなさそうな。

以下、告知です。要予約です。会場で私をみつけても「髪の毛切りましたね」って言わなくていいですから!



加藤治郎講演会「彗星のように現代短歌を駆け抜けた笹井宏之の世界」
BOOKUOKA×書肆侃侃房

主催イベント.
【日程】2011年11月12日(土)18:00~(開場17:30)
【会場】警固神社 神徳殿(中央区天神2-2-20)
【料金】1000円(要予約)
【定員】100名
【予約先】予約フォームはこちら。または書肆侃侃房にて電話でも受付可。
http://www.bookuoka.com/2011/item_572.html(予約フォーム)
【問合せ】書肆侃侃房 info@kankanbou.com TEL092-735-2802
【共催】書肆侃侃房

【内容】
人の悲しみも苦しみも癒してくれるのは、受け取った人の心を抱きしめてくれる言葉ではないだろうか。26歳で夭折した短歌の新しい才能「笹井宏之」を見出し、世に紹介した歌人加藤治郎氏が、多くの人の心を捉えて離さない、笹井短歌の魅力を解きほぐしていく。歌人笹井は、病身を抱えていたのに、いつも明るく、清冽な歌を、携帯メールを使って、風のように、雪の砕片のように降らせていった。彼の歌は、まるで小さな砂糖菓子のように、受け取る人の心を甘く溶かしてくれる。講師の加藤治郎氏は、未来短歌会の中でも後進の指導にあたるかたわら、もっとも新しい現代短歌の世界でも、注目の指導者的存在。笹井の父筒井孝司氏の碗琴コンサートも楽しんでほしい。

笹井宏之論

先日同人誌『梁』で発表した笹井宏之論、たくさんの反響があってびっくりしています。
ありがとうございました。
読みたいというお声をいただきましたので、とりいそぎ論文の部分だけアップします。
これに年譜が続くのですが、長いので。





ねむらないただ一本の樹 ~笹井宏之の作品と生涯~   須藤歩実

1.笹井宏之というひと
 「夭折の歌人、笹井宏之」。笹井の作品と名前はそんなキャッチフレーズと共に彼の死後、メディアを通して海外にまで届けられ多くの反響を呼んだ。それが短歌である限り作者の手を離れた作品は一人歩きし、読者のものとして受け入れられる。しかし笹井宏之という人の信念、想いは故郷・有田にあるような気がしてならない。わたしは年に二回、彼の仏前に座ることにしている。家族の意向で納骨はされていない。仏間でもある八畳の部屋は笹井の部屋だった。遺品はほぼ生前のままに遺してあるそうで、横に長い本棚には『ひとさらい』批評会の懇親会で憧れの穂村弘にサインをもらった『ひとさらい』、誕生日祝いに買ってもらったといっていた『岡井隆全集1』などの歌集・歌書が並ぶ。他にも小説やコミック、川柳、落語の本もあった。その棚の前の布団の上で笹井は長年、生活していた。

 笹井は二年前にインフルエンザによる心臓まひで急逝した。享年二十六。死の数時間前まで友人とメールを交わしていたという。笹井は友人との繋がりを大切にした。結社に所属し、同人誌にも誘われれば快く参加した。自分の身体が辛くても友人からのメールには律義に返信する、そんな笹井の姿が目に浮かぶ。死の直前もそうだった。苦しさに耐えることに慣れすぎて、自らのいのちの危機に気がつかなかったのかもしれない。

 二〇〇九年。ちょうど前年に第四回歌葉新人賞の副賞の歌集出版権を使い第一歌集『ひとさらい』を刊行し、年末には角川『短歌』の年鑑で「今年の十冊」に選ばれるほど注目されはじめたところだった。遺影となった写真は有田の自宅で西日本新聞の取材を受けた時に撮られた写真。リラックスした笑顔の笹井が新聞で大きく紹介されたのは死の半年前だった。

 歌集により作品が広く知られ、その才能が注目されるようになっても笹井はあくまでマイペース。第一回石川啄木賞には短歌部門と俳句部門に応募した。結果、短歌は佳作で俳句は選外。「僕はやっぱり短歌なのかな」と笹井。そうだ本人の意思や希望とは別にして、短歌は笹井をしっかり掴んでいたのだ。


2.第一歌集『ひとさらい』
 笹井は〇四年頃から作歌を始めた。インターネットを通していわゆるネット歌人全盛期に枡野浩一や笹公人などの投稿サイトなどで注目を集め、翌年の第四回歌葉新人賞を受賞した。歌葉新人賞とはインターネット掲示板で三人の選考委員、(加藤治郎・荻原裕幸・穂村弘)の選考過程の書きこみがリアルタイムで閲覧することができるスリリングな新人賞。賞の副賞はオンデマンド歌集出版権ということでネットに接続している若手歌人にとっては憧れの賞でもあった。特にこの第四回は宇都宮敦など現在歌壇でも活躍している実力派がエントリー。激しい批評合戦が繰り広げられたが、笹井の繊細なポエジーが多くの支持を集める結果となった。

 受賞作は「数えてゆけば会えます」。本来なら東京で授賞式やシンポジウムが華やかに開催されるところだが、笹井は闘病中で長距離の移動は難しい。一旦は見合わされたが〇六年、賞状を持って選考委員の加藤治郎が九州を訪問。福岡市の全日空ホテルでささやかな授賞式が開かれた。

 出席者は加藤、笹井と笹井の父・筒井孝司、福岡在住の私もアシスタントとして出席した。初対面の笹井は思いがけずと言ったら悪いが、堂々としていた。本人のブログには初めて「歌人」に会うのでとても緊張していたというように書いてあったが、少なくとも自分のデザート皿に羽虫が入っていることに気がつくくらいは落ち着いていた。

 実はこの時にはもう第一歌集の原稿はほとんどできていた。加藤は歌集の打ち合わせも兼ねて来福したのだ。「「数えてゆけば会えます」をどこにもってくるか、悩んだのですが」と笹井。「ここでいいと思うよ」と加藤。『ひとさらい』が実際に出版されたのはそれから約二年後だった。

  「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい
  真水から引き上げる手がしっかりと私を掴みまた離すのだ
  まばたきの終え方を忘れてしまった 鳥が静かに満ちてゆく潮
  拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません

 第一歌集『ひとさらい』の「数えてゆけば会えます」の冒頭四首を引いた。一首目、「はなびら」とだけ書かれた点字をなぞるシーン。記憶のなかの桜への思いが「ああ」に集約される。その無機質な点字に「桜の可能性」が与えられただけで一首に色彩があらわれる。いつかの春の仄かな桜色が。二首目。三句目の「しっかりと」が詩を支えている。引き上げる手は意思を持っている。掴むのも離すのもその真水の上にいる者の手の意思なのだ。離された者はその意思に従い、真水の中に沈む。掴まれた手の感触を腕に残して。三首目。実景と心象風景の境界線が「まばたきの終え方」という表現によって混ざり合う。まばたきをするたびに目の前の鳥が増えてゆく。「鳥が静かに満ちて」という表現にそれを受け入れてゆく作者像がみえる。四首目。笹井の代表作としてよく引用される歌。拾うと「手紙のよう」な開くと「あなたのよう」なもの。「あなた」の心のようなものではないかと思った。結句の「ら」抜き言葉が「あなた」にどうしても向き合うことのできない自分のひしゃげたような悲しみを表現している。

 笹井は『ひとさらい』のあとがきで語っている。「風が吹く、太陽が翳る、そうした感じで作品はできあがってゆきます。ときに長い沈黙もありますが、かならず風は吹き、雲はうごきます。そこにある流れのようなものに、逆らわないように、歌をかきつづけてゆくつもりです。」実際、笹井は身体の疼痛に耐えながら歌を書き続けた。「よく布団の中で苦しそうにしているのを見た」と笹井の母親は語る。それでも表現することを諦めることはなかった笹井。強さという才能も人一倍持っていたのだろう。

  集めてはしかたないねとつぶやいて燃やす林間学校だより
  この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい
  レシートの端っこかじる音だけでオーケストラを作る計画
  それは世界中のデッキチェアがたたまれてしまうほどのあかるさでした

同じく「数えてゆけば会えます」の一連の後半から引いた。一首目。「林間学校だより」の高揚感と「集めてはしかたないね」の脱力感が炎によって昇華される。林間学校が終わってしまえば適当に処分されるものであろうものを集めていたという。クラスメイトとは違う自分を認識し、みんなとはやっぱり違う方法で解決してしまった。二首目。軍手も図書館も人が入るものだということに気がつく。人の手を入れるものを売りながら、いずれまちがえて人そのもの、そして人の魂が宿る本を並べる図書館を建てたいという。そんな森が短歌なのかもしれない。三首目。レシートという近いうちに捨てられる運命のものに音を見出した。それぞれのレシートがそれぞれの音を出し、オーケストラになるのではないかという。次章で述べるが、笹井はどんなものも命があるかのように丁寧に扱う人であった。もらったレシートはきれいに折りたたむ。一度それで折り鶴を折ってもらったことがあった。彼のレシートが鶴になるには長い時間を要したが、美しい折り目と白い羽をしていた。四首目。デッキチェアがたたまれるのはむしろうす暗い雨の日ではないか。晴れの日には開いている。しかしもっとあかるくなったら、眩しくていくらデッキチェアでも一斉にたたまれてしまうのではないか。華やかだがどこか哀しい仮定のように思うのは、そのあかるさが一瞬であることを予感するからだろう。


3.親愛なるスライスチーズ
 「一切衆生悉有仏性」。生きとし生けるものは生まれつき仏になりうる素質があるという涅槃経のこの一節を笹井や笹井の作品からしばしば想起する。しかも生きとし生けるものだけではなく、笹井の場合は命を持たないものに対しても等しく接するのだ。擬人法だ、幼児性だと言えばそれまでだが、私はそれ以上のものを感じる。笹井は万物を等しく親愛なるものとして見ていたのだろう。

  「スライスチーズ、スライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」     『ひとさらい』
  切らないでおいたたくあんくるしそう ほんらいのすがたじゃないものね      『てんとろり』
  ゆでたまごの拷問器具を湯へひたしきれいなサンドウィッチをつくる        『同』
  たましいのやどらなかったことばにもきちんとおとむらいをだしてやる       『同』 

 一首目。チーズに語りかけている、一見おかしな場面だ。目の前にあるスライスチーズに前世を問う。考えてみると不思議な形をしたチーズである。薄っぺらくてきちっとした正方形のスライスチーズの身の上話を想像しながら同じく不思議な存在である自分へと問いを返していったのだろうか。二首目。たくあんの「ほんらいのすがた」は食卓に乗るあの切られたたくあんであり、冷蔵庫のなかの長いたくあんは疲れた体を横たえているように見えたのだろうか。「ほんらいのすがた」をしていないものは「くるしそう」というのは笹井の深いところから出た言葉のように思う。三首目。「拷問器具」とはゆで卵をスライスする器具だろう。ここはもう使い終わった場面である。「拷問」と表現していることで、その作業が残酷なものであったことが分かるが器具を湯に浸すところなど、もう慣れた作業らしい。残酷なことに慣れることにより美しいものを作り出す人間の営みにどこか馴染めない作者像が見える。四首目。笹井はとにかく推敲する人だった。「数えてゆけば会えます」の制作のときなど、三十首を一カ月とことん推敲して作り、その反動で一カ月寝込んだという。その爽やかな作風から言葉がすんなり出てきて歌になっているのかと勘違いされやすいが、笹井のパソコンにはたくさんの言葉が書かれては消え、消えては書かれたのである。その消した言葉、「たましいのやどらなかったことば」にも弔いを出すというのだろう。言葉まで命を持つもののように扱っていた笹井。歌を作ることはさぞ辛かったろうと思う。しかし、だからこそ一首のなかで魂の宿った言葉が繊細な光を放つのだ。


4.はるかぜのはるの部分 ~時事詠~

  ぱりぱりとお味噌汁まで噛んでいる 平年並みの氷河期らしい         『ひとさらい』
  大陸間弾道弾にはるかぜのはるの部分が当たっています            『同』
  このケーキ、ベルリンの壁入ってる?(うんスポンジにすこし)にし?(うん) 『同』
  二千円札をひとさしゆびに巻く 平和ってどこから平和なの          『てんとろり』

 笹井はよく時事問題を扱った歌を詠んでいた。好きだった川柳の影響かもしれない。一首目。いま、氷河期が来たら。それでも人間は自分のライフスタイルを貫こうとするだろう。凍ったお味噌汁を噛み、「平年並みの」などといったおなじみの表現で気象情報を出すのだろう。異常気象が続くいま、笑えない風刺なのかもしれない。二首目。北朝鮮からの大陸間弾道ミサイルを詠った。あまりにも速くて「はるかぜのはるの部分」しか当たらない。あちらも春。こちらも春。シンプルな表現の一首のなかにミサイルのスピードや同じ季節の国同士が敵対関係にあることへの疑問が織り込まれている。三首目。会話調の歌。スポンジに崩壊したベルリンの壁を混ぜる。崩壊してもやわらかい壁のあるような東西ベルリンを表現したのかもしれない。どちらの壁が入っているのか確認するところなども。四首目。二千円札の表面には守礼門が、裏面には源氏物語の絵巻と紫式部の肖像画が描かれている。しかしこのお札は流通システムに組み込まれなかった。二千円札がなくても平気な世の中、それが平和なのか。人差し指に守礼門、源氏物語をも巻きこんでゆく。そんな時間もまた平和なのだろうか。使えない二千円札は新しいまま。世の中から忘れられて存在することも平和といえるのだろうか。答えのない問いのメビウスの輪として二千円札が指に巻きつけられている。


4.第二歌集『てんとろり』
 第二歌集『てんとろり』は笹井の死後、結社『未来』の加藤治郎・中島裕介らによって編集され、福岡の出版社・書肆侃侃房から企画出版された編年体の歌集である。『ひとさらい』以後、結社に入会し同年代の歌人と切磋琢磨することで笹井の作品も少しずつ変化していった。『てんとろり』を読むと、笹井がより技巧的になるとともに短歌のリズムや呼吸に慣れ、表現の幅を拡げていったことがわかる。そして残念に思う。この先の笹井の歌を読むことができなくなったことを。

  次々と涙のつぶを押し出してしまうまぶたのちから かなしい           『てんとろり』  
  したいのに したいのに したいのに したいのに 散歩がどういうものかわからない『同』
  生きようと考えなおす さわがにが沢を渡ってゆくのがみえて           『同』

一首目。分かりやすい一首のようにも思えるが、「まぶたのちから」が巧い。まぶたは涙をためることをせず自分の意志に反して押し出すちからを持つ。結句、くやしいのではなく「かなしい」とした。理不尽な「まぶたのちから」にも逆らうことなく、あくまで客観的にとらえた。二首目。上句のかなのリフレインで、下句に込められた哀しみに読者は引きこまれる。療養生活の中でいつしか散歩は言葉としての「散歩」になり、どういうものが「散歩」だろうと疑問に思うまで散歩から遠く離れてしまったのだ。ドアを開ければ散歩は始まるのに、彼にはそれができなかった。三首目。ぼんやりと沢を眺めると自分よりも遥かに小さな存在が命がけで沢を渡ってゆく。その苦しみと自分の苦しみとに何の違いがあるだろうと勇気をもらう。「さわがに」、「沢」の音が耳に優しく、強く響く。


5.苦しみから生まれたやさしさ
 笹井のファンは多い。中には今まで歌集を読んだことのなかった人もいる。死後、様々なメディアで紹介されたことも奏功しているだろうが、笹井の歌集を購入し作品に親しんでいる人をひょっこり見つけると嬉しくなる。三回忌に合わせて出版された『てんとろり』と『えーえんとくちから』は発売半年足らずでそれぞれ四~五千部を売り上げたという。歌集としては異例の快挙だといえよう。

  えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい         『ひとさらい』
  コーヒーにあたためられた喉からの声で隣の人があたたまる         『てんとろり』
  風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける        『同』
  ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす      『ひとさらい』

一首目。笹井宏之作品集『えーえんとくちから』(PARCO出版)のタイトルにも使われた歌。上句で繰り返されるかな表記がうわ言のようで哀しく、三度目の「永遠」に出会う下句で打ちのめされる。永遠を解くことができなければえーえんに永遠のようなもののなかで生きなければいけないのだ。
そして笹井作品の魅力のひとつは自らの苦しみを呑みこみ、限りない優しさを吐き出すところだろう。二首目の「喉からの声」、三首目の「シーツ」。読者はそのぬくもりに癒され、励まされるのだ。

 生前、笹井とはよくメールの交換をしたが、笹井の悩みを聞くことより私の悩みを話すことの方が多かった。自分の弟より年下の笹井だったが、不思議と何でも話せてしまう。ある時、笹井は行き詰まった私にこうアドバイスした。「樹を抱いてみたらいいですよ、落ち着くかもしれない」。

 樹。ふと笹井の姿を思い出した。あなたこそ樹のようなひとじゃないか。どんな痛みにも耐えて、人にやさしい木陰をつくって、小鳥たちのために枝を広げ、虫に葉を食べさせ、そこに立っていた。身の回りに起こるすべてのことを痛みと感じながらも、あなたはこの地上に二十六年も立っていた。

 四首目の「ねむらないただ一本の樹」の歌は笹井本人をよく語っていると思う。悩んでいる家族や友達を心配し、でもその人の悩みを引き受けることはできないこともよく分かっている。ただそっと実を落とすだけ。そしてまたその人を救うことができない自分を責めるように苦しむのだ。

 笹井に短歌があってよかったのか。作歌のストレスによって命を縮めたのではないか。私は彼の死後ずっと悩んでいた。しかし今回笹井の作品を読み返してみて短歌があったからこそ笹井は痛みに耐えてこられたのではないかと思うことができた。笹井は本名の筒井宏之として佐賀新聞の歌壇に毎週投稿してきた。その中から一首。

  葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある          『てんとろり』
 
 笹井は非常に家族思いの青年だった。地元紙である佐賀新聞に投稿していたのは両親や祖父母のためだったと聞く。笹井の歌が新聞に掲載されるのを毎週楽しみにしていたのだ。またここでの投稿には旧かなを使っていた。

  たましひの還る世界に似て遥か インターネットといふ混沌は         『てんとろり』

 ネットを駆使して活躍している作者が作ったとは思えないほど落ち着いた歌である。これでは佐賀新聞の担当者も笹井宏之=筒井宏之とは気がつかないはずだ。(笹井の訃報が報道されて追悼記事が出はじめた頃になり、やっと佐賀新聞の担当者は筒井宏之の死に気がついたのである)。

「宏之は丁寧に生きてくれました」と葬儀のあとで父親が挨拶をした。彼が丁寧に生きた軌跡は作品にしっかりと刻まれ、多くの人に影響を与えている。万物に誠実に向き合い、苦しみをこらえ、魂を込めて詠った作品。きっとこの時代の代表作として永遠に語り継がれることだろう。

  郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?         『てんとろり』

 もうそこであなたの切手をはがしましたか、笹井くん。

                               (現代短歌南の会『梁』81号より)

Appendix

プロフィール

すどうあゆみ

Author:すどうあゆみ
須藤歩実です。

福岡で短歌をつくっています。
竹柏会『心の花』所属。

福岡歌会(仮)←メンバー募集中、に参加。

毎日新聞(九州版)毎月第二土曜日に「おくすり短歌」という短歌&エッセイのコラムを連載しています。

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